33歳 男 自分の決断

みなさん、こんにちわ。33歳の男です。これは私が大学を決める時の話です。今から15年程前になりますね。

私は小学校3年生の時から、サッカーをしています。地元はとても田舎の小さな町で高校まで暮らしました。朝から晩までサッカーをしていた記憶しかありません。プロになるとかそういう夢もありましたが、ただただ純粋にサッカーが好きでもっとうまくなりたいという気持ちだけでやっていました。

そんな私が高校3年生の進路を決める時に、サッカーのセレクションを受けて、初めて強豪と言われる学校に入るか入らないかという決断を迫られる時でした。高校も地元の高校を選びました。それは、一つ上のサッカー仲間が入学していた事もあり、迷いはなく私も同じ高校に入りました。一度環境を変えて、もう一つでも二つでも上のレベルでサッカーをして、自分に刺激を与えたかったんです。ですが、先生や両親にはなかなか背中を押してもらえませんでした。もちろん、私がレベルの高い環境に入り潰れてしまうのを心配しての言動だとは思っていましたが、自分でも迷いは正直ありました。そして怖さもありました。本当に自分はやっていけるのだろうかと。

ですが、一緒に練習してきた仲間や後輩は違いました。田舎から道を作って、サッカーを盛んな町にして欲しいと言ってくれる仲間までいました。その時思いました。今までは決められた道を進んでここまで来ました。ここからは自分で道を切り開いてみようと。私はとある大学のセレクションを受けてみる事にしました。なので、大学受験の勉強をする事なく、サッカーに打ち込みました。私を楽な道へと進めようとする声もありますが、背中を押してくれる人がいる限り、その人の思いも背負っていかなければならないと思うようになりました。

そして、セレクション当日。ほどよい緊張はありましたが、自信を持って臨めました。結果は合格でした。人の意見を聞かないのは違います。聞いて、自分で判断するのが大切です。誰も自分を悪い方へ決断させようとはしませんが、可能性の高い楽な方へと進めがちです。少しの勇気で新しい道は開けます。その勇気は自分では出せないものかもしれません。たまには周りに助けてもらってもいいんじゃないですか。

30歳女 反対されて結婚 幸せになった

現在30歳の女性です。私は5年ほどのおつきあいを経て今の主人と結婚しました。おつきあいしている時は順調だったのですが、いざ結婚となると両家の問題が立ちはだかって来ました。借金や浮気など目立った大きなトラブルではなかったにしろ、色々と決めていかなければならない中で両家の認識の違いにより段々と進めることが難しくなって来ました。でも私も彼もお互いを想う気持ちは何度確認しても変わらなかったのです。私の両親も私のことを思っていろいろと言ってくれているのは身にしみて分かっていたのでそれに反論していくのは心苦しいものでしたが、彼自身が悪くないこと、これから解決に向けて行動していくことを表明し、2人で解決するからと宣言しました。思い返してみると私の両親は常識人のあまり子供の頃から常識を押し付けてくるところがあったなということが見えて来て、大人になるということは自分でこういう判断ができるようになってくることなのだなと痛感しました。彼は彼でご両親と喧嘩したり言い合いになったりとこちらと同じような感じだったようですが、昔から精神的にも自立している人だったのでご両親も半ば諦めているという感じでした。唯一の救いだったのが両家の両親ともお互いにヒステリックさを見せることなく話ができる人たちだったということです。また、お互いの両親が私と彼のこと自体を嫌いだということではなかったのです。一時は勝手に新居を遠くに構えて駆け落ち同然で結婚してしまいたいと思うこともありましたが、1年かけて両親を説得し諦めさせて結婚することができました。彼もなんども実家に足を運んでくれて、両親の誤解を解いてくれました。今では少し離れたところに住んでいますが、お互いに行き来する中です。私たち夫婦は夫のご両親のお家の近くに住んでいますがなかなか関係は良好でいつも助けていただいて優しくしてもらっています。最初は押しの強いところに辟易したところもありましたが、今では明るく言いたいことをうまく伝えられるようになって来なのでとても楽しく過ごしています。みんなが「あの時の心配や反対はなんだったんだろう」と感じているようで、笑い話になっています。今とても幸せです。

27歳女自分の気持ちに従って良かった

20代後半主婦です。
特に理由は無いけれど「なんだかこの人、嫌だな」という感覚を持ったことは誰しもあるかと思います。
私にも勿論ありました。

自分自身としては、普段から人のことをあれこれ考えたり、好きだ嫌いだと振り分けることはあまり無いタイプだと思っています。

でもこの時だけはどうしても嫌悪感を持ってしまっている自分がいました。

私が嫌悪感を抱いていた相手というのは、大学の頃の同じクラスの男の子です。

私の通っていた学部では、学籍番号や成績に関係なくランダムに振り分けられたクラスというものが存在しており、クラス単位での活動を求められる機会が多くありました。

様々な講義を共に受講したり、文化祭の出し物の準備に勤しんだりと、まさに「ザ・青春」というような活動を通して、入学して半年が経過する頃にはクラスの大半の子たちと打ち解けて話ができるほど仲良くなることができました。

クラスは40人ほどのメンバーで編成されていましたが、その中でもとりわけて目立つ人気者の男の子がいました。

その男の子というのが私が嫌悪感を抱いていた子なのです。

彼は成績も優秀で、とにかく優しくて人当たりが良く、同学年の生徒は勿論、上級生や下級生、教授までもが彼に信頼を置いていることは一目瞭然。

みんながみんな揃って彼のことを大好きだと言っていました。

私は、そんな彼のことがどうしても好きになれませんでした。

とても苦しかったです。

どうしてみんなは好きなのに、私は好きになれないのか。

人望を集める彼に嫉妬しているのか?

はたまた自分でも気づかぬ内に心のどこかで彼に恋をしてしまっているのではないか?

みんなが好きというものに自分だけが異を唱えることでマウンティングしようとしているだけなのでは?

と色々考え悩んだこともありました。

当時の学生の間で流行っていたSNS上でも、彼と友人関係でないのは学部全体で私をいれても3名ほど。ちなみに私以外の2名は普段から学校に来ていない人達。
数百人の学部の生徒が彼といわゆる「友人」なのです。

彼との関係について悩んでいる人は自分の気持ち占い体験談などが参考になりますが、自分のばあいは違いました。

そんな状況でも頑なに彼を避けてしまっていましたし、絶対に仲良くなりたくない、という気持ちは膨らむ一方。

誰に対しても友好的な彼から話しかけられないように、彼と連絡先を交換したりSNS上でも関わることのないように、と心に決めていました。

時は経過し、大学を卒業する頃にはクラスでの活動も随分と少なくなっていたので、私は卒業する頃には彼のことはすっかり忘れてしまうほどになっていました。

彼の姿を見た覚えがあるのは卒業式くらいです。

その後、私は晴れて社会人になり、順風満帆とは言えずともそれなりに楽しい人生を送っているつもりです。

ある日、仕事から帰宅し、何の気なしにテレビをぼーっと見ていた時のことでした。

見覚えのある名前がテレビの画面上に映っていました。

キャスターの声色からして明らかに良いニュースではないことは一瞬にして分かりました。

名前の横には「容疑者」の3文字が。

「ん?」と思うや否や、老け込んだあの男の子の顔がバーンと画面いっぱいに映し出されたのです。

衝撃でした。

あまりに驚きすぎて身体が固まってしまい、テレビのスイッチを消すだけで精一杯でした。

その後すぐに吐き気が襲ってきましたが、同時に大きな安堵感に包まれている自分もいました。

私のあの感覚は決して間違っていなかったんだ、と。

どういうわけか説明のつかない気持ち、どうしても拭い切れない気持ちは、自分でもついぞんざいに扱ってしまったりということは頻繁にあると思います。

けれど私はこの経験がある以上、自分が感じた気持ちに正直に従う、ということは絶対的に忘れてはいけないことなのではないかと考えずにはいられないのです。

40代女性 きょうだいについて

私には、ダウン症の妹がいます。

数年前になります。
某SNSで、障がいがあるきょうだい(きょうだい児)
の集まりがあるということで、参加しました。
ちなみにきょうだい児とは、障がいがあるきょうだいをもつ健常者のことをいいます。

年齢も地域もバラバラで、10人ほどいました。
やはり通常と障があるきょうだいの話が主でしたね。
友達に障がいがあるきょうだいがあることをいえなかったことや、女性に関しては結婚・出産を躊躇しているという方もおられました。

その中で、きょうだいがいてよかったか?という話題になったときのことです。
よく世間一般的には、きょだいはいた方がよい。
といわれてます。
しかし子供のころから私は、そのことに疑問を感じてました。
自分自身きょうだいがいてよかったと思ったことがないし、今でもその気持ちは変わりません。
そのことを周りに話したら、同じ答えのきょうだい児がほとんどでした。
中には、子孫を作りたくないという人もいました。

なぜかというと、親はきょうだい仲がよいと思っているのです。
あれこれときょうだい児に、障がいがあるきょうだいの面倒をみるようにいうのです。
きょだい児からすれば、親の大変さを近くでみてわかっています。だからできるだけ負担をかけないようにしているのです。
決して、仲がよいわけではありません。
だから、かなり我慢しているのです。
それが年とともに、自然と当たり前になってきます。
最終的には、親亡き後も面倒を見るのが当たり前と思ってる親もいます。実際私の親もです。

そういう思いをしてきたから、きょうだいはいらない。
ほしくない。と思う人が多かったですね。
最初そのことをいうまでは、勇気がいりました。
なぜなら健常の友達とかにいっても「いたほうが、何かと頼りになる」という答えだったからです。
逆にいったことで、きょうだい児の考えは、同じ人が多いということを確認できました。

きょうだい児でなくても、きょうだい仲が悪い人もおられると思います。親のために、無理に仲良くする必要はないと思います。そうでないと、疲れてしまうからです。
自分に正直にいきていきましょう。

41歳 女性 群れなくたって意外と平気 

2人の子供を持つママです。
下の子は幼稚園、上の子は小学生。休みの間はこどもが毎日家にいて大変ですが、私の憂鬱は学校が始まると増加します。それはどこにでもあるママ友問題。いえ、ママ友というよりも、ママたちの思考に嫌気がさしてくるのです。
先日は、幼稚園の子供のクラスのこと。去年よりも小さく、日当たりの悪い教室になったため、多くのママたちが文句を言い出しました。理由は新しく出来たクラスの方が、子供たちの人数が多く、広い部屋が必要であるということで、私たちのクラスは小さい部屋になってしまったのですが、それなら仕方がないと思うのが普通だと思うのです。でも、ママたちは口々に「こんな狭くて暗い部屋はあり得ない」と言うのです。当の子供たちは、そんなことお構い無しに楽しそうに遊んでいるにも関わらず。
また、小学校の子供のクラスでも、やれ誕生日だ、やれ記念日だとクラスでカンパを募ります。
一方では、学校からの少額の寄付のお願いには、LINE上に一瞬でものすごい数のメッセージが増えるのです。もちろん文句です。
たいして仲の良くないクラスメートの誕生日やら記念日やらにお金を使うより、1年に一度の少額の寄付の方がよっぽどお金を使う価値があると思うのですが、それを考えているのは少数派なのでしょうか。
ある時、もやもやしつつ、自分の考えを表明しました。何度も熟考して、それをLINE上に載せました。
絶対によく言った!と思った人もいるはずですが、私はちょっと浮いた立場になりました。
正直、他のママと群れて、他愛のない会話を交わしたいとも思います。迎えのときに立ち話したり、ちょっとお茶したりなんていうことも、あればあったでいいなと思いますが、挨拶に留まります。
一方で、これで良かった!ともつくづく感じています。面倒なことに巻き込まれず、言うときは言うというスタンスで、先生や用務員の方と顔見知りで話が通じれば、それで全く問題がないからです。
昔の私だったら、群れるほうを選んでいたと思うけれど、母になって強くなったな、そして自分の気持ちに正直に生きるのって悪くないなと思うしだいです。

25歳女性が転職をして生きがいを見つけることができた

私が自分の気持ちに正直になってよかったと思ったのは、25歳の時です。その時、一般的に一流と言われている企業で就職をしている時でした。その時は、ここで頑張ろうと思う気持ちがあったんですね。ところが、とても忙しいし、自分は何のために働いているんだろうという気持ちをだんだんと持つようになったのです。休日も、仕事のことを考えたりして気持ちが休まる時間がありません。

ほかの人たちは、私がそこで仕事をしていることを羨ましいと言っていました。しかし自分は、そんな気持ちになることができなかったんですね。毎日時間に追われこのままこんな中途半端な気持ちを抱えたままで、ずっと仕事をしていくのかと思うようになったのです。一度そう思うと、気持ちがどんどんと転職をしたいと思うようになりました。

転職をして、自分の生きがいを感じることができる希望を持つようになったのです。仕事にやりがいや生きがいを持つという人もたくさんいます。結婚をしないで、仕事一筋ということもあるでしょう。しかし私はそんな人生が嫌だったのです。私の職場の周りの女性たちは、独身の人ばかりです、しかもどんどん出世をして生き、ますます仕事が忙しくなるのです。そんな人生でいいのかと、悩むようになりました。このままいると、私も独身で仕事一筋になってしまうのではないかと思ったのです。

それは寂しいことなのです。そんな女性になりたくないと思ってしまいました。そこで、周りの反対を押切り転職をすることにしました。転職をして、お給料がぐっと下がってしまったけど、とても良かったと思っています。

まず自分の時間をしっかり取ることができたことです。友人と楽しく話をしたり、遊ぶことができました。そして結婚をして、子供を作ることもできました。もしも転職をしていなかったら、そんな人生は歩むことができていないと思うのです。今の人生が楽しいので、転職をして本当に良かったと思っています。

28歳女 パワハラ上司にやり返して少しスッキリ

私は思ったことは正直に言わず、いつも周りの人の顔を伺って我慢するタイプです。
負けず嫌いな性格でもあるので、正直な気持ちを出してしまうと自分に負けたような気がして内に込めているところもあります。
そういった性格から、大抵のことは我慢をしているのですが、我慢の限界がきたことがありました。
職場でのことです。
ある日、私一人に重い案件を急に進めるように言われました。
納期がとてもタイトで、納期に間に合わせようと焦る中、上司が何度も攻め立てる言葉を浴びせてきました。
その上司は同じ案件に関わる唯一の人だったのですが、上への報告でいい顔をするだけで実際の作業は手伝わず、口だけ出し、こちらが意見を言うとねじ伏せるというパワハラの日々が続きました。
大変な仕事に追われるだけでも気持ち的にいっぱいいっぱいなのに、その上司からのパワハラを受けているうち、自分の気持ちを支えきれなくなって、ついに気持ちが弾けてしまいました。
今まで仕事でここまで追い詰められたことがなく、どうしていいか分かりませんでした。
ご飯を食べても何も味を感じず、テレビを見ても面白くなく、ちょっとしたことでもすぐに号泣していました。
寝ることもままならず、数時間おきに起きる毎日が続きました。
それでも頑張って職場に向かい、仕事をこなしていたのですがまたパワハラを受けたある日の瞬間、「もうこの気持ちの状態を正直に上に報告しなければならない…言ってやる!」と思い、話し合いの場を設けてもらいました。
もちろん、パワハラ上司はその場にはいませんが、会社には私の気持ちを正直に話しました。
同僚も親身になってくれ、ヒヤリングに協力してくれました。
今回のことについて、会社は重く受け止める姿勢はそれほどなかったですが、これまで何も言わなかった私が言うほどだからと、パワハラ上司に注意が入り、パワハラが少し弱まった気がします。
それからは仕事も精神的にも安定し、楽しく生活を送れるようになりました。
私は今まで我慢をし続ける人生を送ってきましたが、正直に自分の気持ちを言うことも大切だと実感しました。

28歳女 食べたいものは我慢しない。

私が「正直になって良かった」と思うことは、恋愛でも友人関係でもありません。
私はどこにでもいる普通のアラサー女性です。
食べることは人一倍大好きで、食欲は10代の頃から変わりません。
そして他人以上の食欲があることが少し恥ずかしくて、長い間、外食の際には我慢をしてきました。
食い意地が張った人だと思われたくなくて、本当はサイドメニューも頼みたいけどプレート1皿だけ。
焼肉に行ったらビビンバを我慢してライスの小。
パフェはLサイズ2個でも余裕だけど、Mサイズで我慢…。
美味しいものは「もっと食べたい」という気持ちを残して終了していました。
良い思い出として残しておくなら、その気持ちで良いのかもしれません。
でも私は満腹になって終えたい!と、内心悶々としていました。
ある日、遠方へ就職した従姉妹が帰省するということで、彼女たちのリクエストですき焼きを食べに行きました。
綺麗なお肉と美味しそうな匂いのおかずたち。
見た目のとおり、味もおいしくてどんどん箸が進みました。
けれど集まった親戚は皆、親戚同士やいとこの話を聞くことに夢中です。
そんな中でひとりだけバクバクと食べるのは「いとこより肉が大事か」と思われて印象が悪いのではないか?
そう思い、皆が「お腹いっぱい」という声に同調してその日の食事を終えました。
しかし帰り道でふと親に「もっと食べたかったなぁ」と零すと、「いっぱい食べたら良かったのに!」とあっけらかんと返されたのです。
「別に気にしない。逆に食事が残っていてもったいなかった」と。
それなら食べ終わる前に言ってほしかったと理不尽なことも思いましたが、好きなだけ食べていいのだとわかり、それ以来我慢をしなくなりました。
すき焼きからしばらくしてしゃぶしゃぶを食べに行きましたが、自分の食欲に正直になってお腹いっぱい食べられたので満足です。
一生に食べられる食事の回数は限られています。
もしかしたら病気で急に食べられなくなるかもしれません。
このことをきっかけに、身体に良いものを適量食べることも大切ですが、好きなものをできるだけ食べておくべきだと感じました。

三十五歳 男性 人生の岐路

私は三十半ばの男性です。
私が三十代になってから確か大晦日の夜私は親とケンカになって家を飛び出して行ってしまった話です。
その時は自分勝手な考え方や偏見が強く、今思うとなんでそう言うことになったのか後悔も反省もしています。それでも今に繋がっているので今はぷらすに考えているので良かったとも思っています。
さて本題に入ります。自分の気持ちに正直になって良かったと思うのが飛び出して行った時にその当時の
携帯電話の待ち受け画面に自分の描いた絵を見て帰らなくてはと思ったことです。
自分の描いた絵を見て我に戻って家に帰ったことが出来たのが正直になって良かったと思うことでした。
この文面を見ている人にアドバイスがあるとすれば、私は意地をはったり自分に素直じゃない所があるので
同じように素直になれない人や意地をはってしまう人がいるならばときには正直になってする行動が一番の自分自身にぷらすに働いてくれる事だと思います。正直になれない人、頑張って正直になって見てください。そうすれば今までとは違った世界に見えてくるはずです。おおげさかもしれませんが、そう思うことができれば、私はそのおかげで変わりました。苦しい時もどうしようもない時も絶対に自分自身で諦めてしまってはダメなんだと私の周りには同じような苦しい立場の人がたくさんいます。この目で見た正直であればきっとずっと周りもそうですが、自分自身が変わります。一度きりしかないあと戻りのきかない人生だからこそ自分に素直になって自分の人生を頑張って変えられることだってあります。
一つまた一つ年を重ねてわかること事もあります。是非、自分に意地を張らずに正直になって、ありのままの素直な自分になって見てください。良いことがあなたの人生観を変えてくれると思います。
長文になりましたが私の三十代半ばの経験をこの文面に表してみました。参考になればいいと思います。
人生をおおらかに見れるきっかけになればと思います。

46歳女性 正直に悲しみも謝罪も伝えられて良かった

私は、46歳の既婚者。女性です。かつては、必要以上にプライドが高すぎてちょっとしたことで相手を嫌いになり、すぐに心の中でもう無理だと判断していました。それは、友人関係に限らず、恋愛関係においても同じ状態。今思えば、いつも相手の欠点を探していて、すぐにジャッジしようとしていたのだと思います。そんな私には、大人になってから仲良くなった親友がいました。彼女との出会いは、留学時代。生まれた場所や育った環境は全く異なりましたが、同じ年齢であり付き合いやすい明るい方だったので、すぐに打ち解け仲良くなることができました。毎日顔を合わせ、毎日一緒に学校に通う日々。お互い、相手がつらい思いをしていることを知ると、自分のことのように悲しくなったり腹を立てたりしましたし、良いことがあったと知ると、すぐに乾杯して喜び合いました。この関係は帰国後も続き、私は本当に良い人と出会えたなと思いました。そんなある日、いつものように会話をしていると、相手の子からイラっとくる話を聞いてしまいました。それは、私の心を深く傷付けることで、相手が大切な親友であったこともあって、相手により怒りを感じてしまいました。もう、付き合えないと思ってしまったのです。私は、手紙に本音を書いて、悲しかったこと、もう付き合えないということをしたため投函しました。このときは、本当にそう思ったのです。すると、相手からわかりましたといった内容の手紙がすぐに届きました。しかし、なんだかすっきりしたのもつかの間。今度は、寂しくて悲しくなってしまいました。私は、大切な無二の親友を失ってしまったと後悔しました。でも、今更どう接してよいのかわかりません。私のいつもの悪いプライドも邪魔して、なかなか素直になることができない。でも、私はやっぱり彼女を失うのが嫌でした。私は、このときはじめて彼女に謝罪してもう一度友達になってほしいと伝えました。私の初めての経験です。現在、彼女とは以前よりももっと良い関係になっています。あの時、正直に気持ちを伝え謝罪してよかったなと思います。そして、許してくれた彼女のことを、私は一生大切にしたいと思っています。

結婚する気がない相手を説得するなら、別れる覚悟を決めて臨んで!

私は40代の専業主婦です。元々、空気が読めない性格で、子供の頃から思ったことを口にしては失敗してきました。自分に素直になることは、基本的にあまり良い結果を産まなかったのですが、時として良い結果を招くこともありました。例えば今の伴侶と結婚した時のことです。当時私は、元婚約者と結婚が破談になったばかりで、しかも30代に突入目前でもありました。毎日のように婚活をして、男性と会っては断ったり断られたりすることに、疲れ果てていました。そんな時に、知人の紹介で知り合ったのが、今の伴侶です。相手も、ちょうど結婚が破談になったばかりということで、珍しい体験の一致に意気投合し、すぐに付き合うことになりました。私自身、結婚への焦りがあったし、それは相手も同じでした。なので、すぐにプロポーズしてもらえるなり、何らかの結婚へのステップが、すぐにやってくるだろうと皮算用していました。しかし実際は、相手からは何のアクションもなく、結婚に関する話題も避けるそぶりがありました。そして、二言目には「結婚話に一度失敗しているから、『結婚』することそのものにトラウマがある」というのでした。結婚を焦らされることへのけん制だったのでしょう。この手のことは相手を急かしてもいい結果が出ないことは、私自身も良く分かっていました。なので、しばらく様子を見ることにしましたが、付き合って1年経っても何のアクションもありませんでした。私はもう30代になっていました。「将来的に子供が欲しいなら、もう私には時間がない。この人のトラウマに付き合っている時間はない。結婚する気がないのなら、別れて他を当たろう」と決心しました。そして、それをそのまま相手に伝えたのでした。私は、正直別れ話をしているつもりでこの話をしたのですが、相手から返ってきた返事は以外にも「ならば、式場を探そう」とのことでした。そして結婚し、もうすぐ結婚生活も10年になろうとしています。時には素直になるのもいいけれど、それにはそれ相応の覚悟がなければ、物事は動かせないのだ、ということを学んだ出来事でした。

30歳女 過労による体調不良を母に素直に相談 心が軽くなり癒される

30歳女性独身です。私は大学卒業後にIT企業へ就職したのですが、過酷な労働環境によって心身のバランスを崩し休職・退職をしました。その際に自分の体調不良について母に相談をした際のことです。

私が小学生の頃は体が弱く、学校では毎日のように頭痛や腹痛で保健室に通い詰める程でした。天候の変化や光に敏感なので、湿度が高い雨の日や日光が眩しい快晴の日は特に体調不良で早退していました。このように体が弱く早退せざるを得ない体質が悩みでもあり強いコンプレックスでもありました。早退すれば母が看病してくれましたが、子供ながらに度々早退して母の手を煩わせている自分が情けなく感じ、次第にどんなに体調が悪くても家庭の中では出来るだけ公にせず我慢しようと無理をし始めました。

その後中学・高校と進学するにつれて体の弱さはさほど気にならない程度まで自然と回復し、大学生になる頃には至って健康体になっていました。まるで別人のように体力が付き、バイト先でも大変重たい荷物を何回も運べる程に筋力も付きました。しかし頭の中には幼少期に体調不良で母に面倒をかけてしまったという申し訳なさが常にあり、大学生になっても素直に体調が悪いと言うこと自体に抵抗がありました。

そして大学卒業後はシステムエンジニアとして大手IT企業に就職し、社会人1年目から毎日残業漬けの日々を送っていました。朝は5時に起床し始業時間の1時間前には会社に着き1時間のサービス残業をこなし、昼休憩返上で19時まで仕事したのち数分の休憩を経て23時まで残業するのが当たり前のスケジュールでした。23時でも早く帰れた方で、遅いと家に帰りつくのが夜中の3時という日も度々ありましたし、もちろん土日も同スケジュールで毎週出勤していました。このような過酷な仕事環境の中では食事すらまともに摂ることが出来ず、朝は小さなパン1個に昼は栄養ドリンク、夜はカップ麺と栄養面でも厳しい毎日を過ごしていました。無論2年目になれば一層仕事量が増し、帰宅してから2時間後に出勤する日々が数か月続くようになりました。その頃から次第に食欲が減退し体重が激減したり、眩暈や貧血に悩まされるようになっていました。それでも心の底にある「体調不良を安易に公言しない」という自分に課したルールに抗うことが出来ず、明らかに疲れた顔で帰宅して母や姉に心配されても精一杯の笑顔で元気な振りをしていました。

しかし3年目になった頃、食事とは名ばかりで1日に栄養バーを一欠けら食べる程度まで食欲不振に陥り、睡眠時間は毎日2時間程度という明らかに不調を来たす仕事生活にいよいよ限界が迫っていました。そしていつものように早朝から電車に乗って通勤していた際、ついに電車の中で気絶をして倒れてしまったのです。暫くしたのち目を覚まし大事にはならなかったもの、それを機に度々貧血や強い眩暈で気絶し倒れる回数が増えていきました。もちろん通勤中に倒れれば家族に鉄道会社から緊急連絡が回り、いつも母が急遽駆けつけてくれたのですが、その度に幼少期の苦い思い出がフラッシュバックし「また母に迷惑をかけてしまった」と自責の念に追われていました。本来ならそのようなことを言っている場合ではありませんが、当時の私は強い精神力さえあれば体の限界を突破できると無理のある理屈に捉われていたのです。そのように考えなければ多忙な仕事を毎日こなすことが出来なかったことも事実です。

そして次第に鬱状態になり、休職前は1週間に数回食事をするレベルまで食欲を喪失していました。しかも食べたとしても吐き気をもよおし嘔吐してしまうのです。さすがに自分の体が気合いなどで通用する限界を突破していることに気付き、このままでは過労で死んでしまうのではと思い始めました。それでも鬱状態というのは恐ろしいもので、仕事は何が何でも続けなければという考えが最優先であり病院で診察してもらう程ではないと勝手に思い込んでしまうのです。すると私の直属の先輩が私の異変に気付き、ある日「今日は午後休で帰りなさい。あと体調についてご家族に相談してごらん」と言われました。そうしてやっと私は家族に今の体調・心のバランス不良について相談するきっかけを得たのです。そのまま午後休を頂き、私は母に「実は数か月も前から鬱状態で体調が優れないんだ」と勇気を振り絞って素直な気持ちを吐露しました。仕事が辛いこと、体調不良が情けなくて仕方がないことも伝え、心の中に長年溜めてきた弱音を正直に話したのです。

すると母はただただ私の話に耳を傾けて一切否定などせず寄り添ってくれました。そして「本当に今まで頑張って来たね。偉いね」と労わってくれたのです。その瞬間私は心の枷が外れたように大泣きし、やっと自分に対しても素直に向き合うことが出来たのでした。その後病院で鬱病と診断され、1年間の休職期間を経て退職に至りました。

もっと早い段階で自分の体調不良を他の人に言えていたならば、こんなに事態が深刻になることも無かったでしょう。何より辛い気持ちや「体調不良で休みたい」という言葉を素直に言うことこそが周囲に迷惑をかけないのだと早く気付いていればと後悔しかありません。ですが貧血で気絶した時や鬱症状を相談する前から、遡れば幼少期の頃から母が大変辛抱して私の面倒を良く看てくれたことは感謝してもしきれず、こんなに優しい母を持つ私はなんて恵まれているのだろうと思いました。家族が献身的になってくれたことが私にとって心身共に大きな支えになりましたし、そのように家族が優しく接してくれて本当に良かったと思います。また素直に自分の気持ちを伝えたことで心が軽くなり、解放感を得たと同時に心が癒されたので素直に気持ちを言うことの重要性を身に染みて感じました。

残業漬けの日々を送る全ての社会人、また年齢を問わず学校に通う子供たちに対し、素直に自分の気持ちを伝えられるよう努めて欲しいと切に願っています。愚痴や弱音、ストレス発散は体にとって疲労を回復する効果があると思います。弱音を吐けない人にとってこれ程までに難しいことは無いと思いますが、私は先輩が配慮してくれたことで素直に話すことができ本当に肩の荷が軽くなりました。愚痴や弱音と聞くとマイナスなイメージを持たれがちではありますが、弱音を誰かに話した後に前向きになれるのであれば弱音は悪いことでも無く、自分を責める必要もないのです。直ぐに前向きになれなくても良いですし、一番大切なのはまず自分に対して素直になることだと思います。自分の弱さを認め、自分を責めるのではなく如何に弱さを克服すればよいかと前向きな姿勢を持って誰かに伝えてみればきっと抱え込んだ悩みや苦しみから解放されます。どうか自分や周囲の人に対し素直になる姿勢と、正直に素直な気持ちを言葉で伝える力を身に付けて欲しいとお伝えしたいです。

23歳 わかりやすくも素直になりたくなかった恋

私は現在アラフォーの主婦です。13年前に結婚し、主人と小学生の2人の子供がいます。
主人と結婚する前に出会った、今でも時々思い出す男性がいます。
会いたい、話したいという感情は今はありませんが、元気せ幸せであることを願っている人です。

23歳の独身で勤めていた時、同じビルで働く男性Aさんと出会いました。
私はその頃ビルの受付に勤務しており、仕事で出入りしていたAさんと自然と話すようになりました。
退社時間が偶然一緒になったAさんと、「軽く話しませんか」という流れになり、カジュアルなバーに行きました。
Aさんは外見は今で言う、チャラい感じです。話し方のどちらかというと真面目ではありません。
恋愛は何度も経験し、痛い目や辛い目にも遭ったので、「好きになっても遊ばれる。」「付き合っても安心できない。」と直感が働き、お友達感覚で恋愛対象になることはお互いないと思いました。
その日は楽しいお話で終了と思っていたのに、帰り際に抱きしめられキスされました。
遊び人の常套手段として片づけて、1人で帰宅の電車に乗りました。
次の日から、Aさんが同じ時間に合わせて出勤するようになりました。
時々電話がありました。時々一緒に帰りました。時々食事に行きました。
Aさんに繊細でミステリアスな一面があることに気づきました。
女性に対して、信用がなく、変に神経質な一面にも気づきました。
Aさんとは付き合っていたわけではありません。
自分の気持ちは言わないくせに、私の気持ちは見透かしたとばかりのキープ扱い。
好きにならないと決めていたのに、好きになりました。
でも遊ばれたくない。好きと認めたくなくて、他の男性ともコンパしてみたり食事に行ったりしました。
しかしその反面、彼に好かれる努力もしました。
彼の好みの服をきました。
高級時計や高級車を持っている彼に追いつきたくて、母から借りた時計を付けました。給料で一生懸命買った鞄を靴を、普段通りのように身に付けました。
そして疲れました。
疲れてだした答えは、彼のもとから消えることでした。
ちょうど資格を取得して転職を考えていたこともあり、Aさんと同じビルの会社は退職して携帯も変えました。
1月後、地下鉄で偶然再会しました。
少し話そうということになりましたが、気持ちにケリをつけていた私は、「好きだったけどキープの扱いに気づいていたこと。」「遊ばれたくなくて、好きではないふりをしていたこと。」「身の丈に合わないものを身に付けていたこと。」本当の自分を話しました。
そしてAさんから言われたのは「いい感じで離れられる」との言葉でした。
後にAさんの友達から、Aさんと私が仲良くしていた時、「いい子なのに付き合うには違う・・・」と話していたとききました。「お互いに思いがあるなら素直に話せばいいし、話すべきだったのに」と言われました。

意地を張らず素直になれば、違う結果が待っていたのではないかと後悔する気持ちがあります。
素直になっていれば、簡単に遊ばれていたかもしれないという、正しい選択をした気持ちがあります。
後になってみれば、「彼好みではなく自分らしく」でいれば、真剣に向き合えたのかもしれません。
ですが、再会した時に本当の事を伝えて、マイナスの感情ではなく今でもいい思い出として振り替えられる人になりました。
結ばれるという結果ではなかったけれど、最後に素直になって話して、いいさよならができて良かったです。

30歳女性 夢を諦めない気持ちが人生をつくってくれた

現在30歳。都内でフリーの振付師として活動している独身女です。私が、自分の気持ちに正直になって良かったと思ったエピソードはずばり、「自分の夢を叶えるための人生を選択したこと」だと思っています。つまり簡単に言えば、夢を諦めなかったこと。これに尽きるのです。

三姉妹の長女として育ってきた私は、物心ついた頃から大人に嫌われてきた記憶があります。お正月などに親戚が集まっても、なぜか自分だけ蚊帳の外。かまってもらえず、どこかさみしい気持ちで過ごしていました。それもそのはず。私は昔からとにかく自分を表現するのが下手くそでした。例えばお年玉をもらったときも、「うわー!嬉しいー!ありがとうー!」と満面の笑みで受け取る妹を尻目に、嬉しい気持ちやありがとうの気持ちをどう表現していいのか分からず、いえ、正確に言うと、感謝の気持ちはとても持っているんだけど、「それを大げさに表現するのは何か違う気がする」みたいな感覚で、小さな声と深々としたお辞儀で「ありがとうございます」と頭を下げる子でした。大人の目からみるとやはり、愛嬌のある子供の方がかわいいもの。そんなことの繰り返しで「あの子は変に大人びている」「可愛げがないなぁ」などと言われ育ってきました。そうしているうちにいつしか、自分の思っているままに行動したら人に嫌われるんだという感覚が身についたように思います。高校生くらいからはその反動で、とにかく何でも大げさ。気持ちとは裏腹の行動。はったりをかましたり、調子の良い言葉でその場をしのいだり。今思えば散々な性格だったと思います。そんな私が一番大きな壁にぶつかったのは、24歳の時でした。大人に嫌われたくなかった私は、親の望む大学へ行き、学部を選び、就職をして働いていました。もちろん、自分の望みとは真逆の人生になっていました。

ちょうどSNSが生活の一部になってきた時期でした。着々と夢を叶える周りの姿を見て、自分は本当にこれでいいのか?と改めて自問自答。良いわけがない!と気付いたときには、一人で号泣していました。今まで散々自分に嘘をついてきた。周りはもう、自分の幸せを自分で決めているんだ!それが一番大切なんだ!

何か扉が一気に開けた気持ちになったことを覚えています。

そこからの私の行動力は、我ながらすさまじかったと思います。すぐに会社を辞め、田舎から東京へ引っ越し。一文無しでしたが不思議と怖くありませんでした。学生時代からずっと続けていたダンスの道で食べていきたい!そう覚悟したあの日から、早6年。憧れていた職業で、食べて行けている自分がいます。

本当に本当に、自分の気持ちに正直に行動した賜物だと思います。あのとき、それに気づけた過去の自分に、心から御礼を言いたいです。

30歳女 自分の意見を勇気を出して伝えたら毎日が楽しい

私は30歳の一児の母です。
夫のモラハラが原因で、約一年調停をし、今年二月に離婚しました。
私はおそらく、自分の育った家庭環境が影響し、
子供の頃から何をするにも人の目を気にしてばかりいました。
それは学校に行っても、働くようになってからも変わらず・・・。
「自分がどうしたいか。」ではなく、
「相手に何をしたら喜んでくれるか。」ということを基準に、決断したり行動したりしてしまうのです。
その結果、自分で自分が何を考えているか分かりません。
何が好きで、この先どう生きていきたいのかすら分からないのです。
相手に嫌われてしまうことが怖すぎて、
自分の子供の顔色まで伺ってしまいます。
明らかに子供に叱る場面で叱った時も、自分に自信が無く何日も叱った自分を責め続けてしまうのです。
誰といても、何をしていても、フワフワとしていて、生きている感覚がありません。
そんな自分を変えたくて、たくさんの本を読みあさりました。
カウンセリングも受けました。
でもなかなか変わることは出来ません。
まず自分と違う意見の人に自分はこう思っている、ということを伝えられないんです。
思ってもいないのに「私もそう思う。」と同意してしまいます。
そして、そんな自分が情けなくなるんです。
「もう嫌だ。こんな自分嫌いだ。」そう思って、良さそうな本をネットで探していた時、
ある一冊の本に出会いました。
著者も私のように、他人中心で生きてきて、辛い思いをした人でした。
でも、その生きづらさからちゃんと卒業できたというのです。
卒業する方法が丁寧に書かれた本でした。
一つ一つの文章が心にすーっと染み渡り、
今まで読んだ本と違って、「ダメな自分すら、愛おしい」という不思議な感情が生まれました。
そして、「私は私でいいし、自分が思ったことを人に伝えても大丈夫。」と思えるようになりました。
それから数日して、ママ友と集る機会がありました。
今までなら頭の中で「何を話したら嫌われないんだろう。」とぐるぐる考えてしまっていましたが、
それが一切なくなりました。
それどころか「確かにそうだよね。でも私はこうなんだ。」と自分の気持ちを伝えられたのです。
とても自然に・・・。
自分の気持ちを殺さず、正直になることでこんなに楽になれるなんて知りませんでした。
一回伝えることが出来てしまったら何だか吹っ切れて、
次の日も、また次の日も自分の気持ちをしっかり話せるようになりました。
「嫌われたらどうしよう」と思っていたのが馬鹿馬鹿しいです。
「いつか嫌われる」と思っているのは自分だけで、相手は特に何も思っていなかったりします。
勇気を出して自分の気持ちに正直になって良かった。
今、とても毎日が心地よくて人と関わるのが楽しいです。

33歳女、旦那に育児や家事を手伝ってほしいと正直に言った結果

現在3歳と9か月の子供を育てている33歳の兼業主婦です。
旦那は子供は好きなのですが、自分が構いたいとき以外は旦那は好きなことをしています。例えば、子供がいけないことをしているときは注意はしませんし、子供が遊んでほしいときは気が向かないときは遊びません。かといって自分のゲームの邪魔をしたり、テレビを見ているのを邪魔すると子供に怒るのですが。
わたしは働いているとはいえ、パート勤務なので、家にいる時間は多いです。給料も旦那に比べるととても少なく、そのせいで旦那は家の家事や育児といったことをわたしに任せているのかと思い、一生懸命に頑張ってきました。
朝は5時に起きて朝食とお弁当を作り、夕食の材料を切るまでの準備を。その他にも下の子供のおむつ替え、離乳食を食べさせることと授乳、子供の保育園の準備をしていきます。もちろん、自分のメイクなどの準備をしていきます。
家から帰ると夕食の準備、子供に食べさせ、お風呂をに入れて、食洗器に洗うものをセットして、少し遊んで寝かしつけ。その後に洗濯ものを畳んで干して、ようやく寝れるといった毎日でした。
旦那は何も手伝わないわけではありません。食洗器で洗えないものは洗ってくれますし、お風呂掃除もしてくれます。どうしても人手が必要なときは旦那が下の子を抱いてくれます。けれどもどうしても、もう少し手伝ってほしいと思ってしまいます。
一人目の時はずっと一人で行い、二人目が産まれて負担がぐっと増えた時も、わたしは我慢してきましたが、そろそろこの大変さをわかってほしいと思い、思い切っていってみることにしました。旦那はとても子供っぽい所があり、不貞腐れるのではないか、私の言葉なんて聞いてくれないのではないかと思っていましたが、旦那もわたしの毎日の忙しい姿を見ていたので、聞き入れてくれました。
わたしの話を聞いてくれたことに、とても驚きましたが、実際に手伝うようになったのは出来た夕食を並べることと、保育園の準備だけですが、少しだけでも全く違います。
あの時、自分の気持ちに正直になって、思い切って旦那に言ってみて良かったと思いました。

27歳、男性、自分の気持ちを相手にぶつける勇気、そして勝利

私は、フリーランスをやっている長崎県在住の者です。私は、自分の気持ちを相手に伝えることがとても苦手な人間です。それ故、よく「受け身」とか「奥手」などと他人から指摘されます。そんな私が、自分の気持ちをストレートに相手に伝え、成功したお話しをさせていただきます。
 それは、今から約5年前、東京に住んでいた時のことです。当時の私は、友達が少なく、彼女もいませんでした。ところが、ある日、そんな私に会社の上司が飲み会を設けてくれました。それは、いわゆる合コンというもので、男性4人と女性4人で飲み会をするという内容でした。私は、この合コンというものがとても苦手で、今までに参加した合コンの中でいい思い出など一つもありませんでした。もちろん、合コンから女の子と友達になったり彼女ができたりしたことなど、一度もありません。しかし、今回の合コンは会社の上司が開いてくれたものであるため、飲み会中につまらなそうな態度をとったり、何のアクションも起こさないまま飲み会が終了してしまったりすると、会社の上司に対して申し訳ないですし、今後合わせる顔がありません。私は、腹をくくり、全力で飲み会を盛り上げることにしたのです。それは、自分のためではなく、会を催してくれた会社の上司のためでした。そして、男4人対女4人の飲み会が始まりました。私は、男4人の中で一番下っ端でしたが、女性サイドにも私と同じような立場の女の子がいました。その女の子は、同席している年上の上司の飲み物や食べ物等、飲み会中終始気を遣っていて、心の底から会を楽しんでいないようでした。僕は、そんな彼女に共感を覚え、彼女にもその気持ちが伝わったのか、その飲み会中にアイコンタクトやちょっとした会話が幾度となくありました。私は、その女の子が好きになっていました。しかし、かつて女の子に自分の気持ちをストレートに伝えたことなど、一度もありません。ですが、ここは会を催してくれた上司のため、そして自分のために思い切って連絡先を聞くことにしました。
 その飲み会の後、私たちは数回のデートを重ね、無事付き合うことができました。この記事をご覧になっていらっしゃる方は、自分の気持ちに正直になれずに後悔したことは、ありますでしょうか。私はこの出来事で、やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいのかもしれないと考えることができました。

正直な気持ちは伝えるべきです

20代後半の女です。
自分に気持に正直になったエピソードを紹介します。
私は、振られた彼氏のことが忘れなれずにいました。でも友人とかがこのままじゃダメ。一歩前に進まないとと言ってくれました。なので飲み会にはさんかして出会いがたくさんありましたが、一人の男の人に興味を持ち始めたというか気になり始めました。好きとかそういうのじゃなくて・・・。まずその人と会う予定が一ヶ月後待ち遠しかったです。その人はSNSもしていないので最近の写真はわからないし、ある写真と言ったら高校、大学時代の写真。めっちゃ前じゃん!!!会うまで連絡もしたかったけど、仕事が忙しいみたいって言うのを友達を通じて知ったのでやめました。会う前に私のことが嫌いな高校の同級生がその人に居酒屋で悪口を言ったみたいで、マイナスな女に見られていると不安でしたが、マイナスなイメージがあってあった時にいい人じゃんって思わせる作戦で行きました。その人と会っていくうちに、どんどん惹かれていきました。いつも恋をすると、告白するより告白したいと思うようになり、私じゃなかったです。でも相手は仕事が忙しくて、私には興味がないのだと思いました。でも、あったとき、将来の話になり、結婚の話だったり、子供の話だったり。子供は何人ほしい?と聞かれ、私は3人ほしいですと答えました。私の周りは三人兄弟が多く小さい時からすごいうらやましかったのです。彼も三人ほしいらしくて、すごい食べ物の好みもにていました。でも年上の人だから、今までの彼はこう思うって予想通りの言葉が返ってくるのにその人は別なまともな考えで大人な考えだなと思い、ひかれてしまいました。あとわたしのことを思ってくれていて、こんな人はいないと思い、今日か、次か、絶対私から告白しよう!と誓いました!覚悟を決めたのに、彼から告白されてとてもうれしかったです。なので、私も告白しようとしてたって言うのを伝えました。自分から何かを発するのはいいことだな、よかったなと思い後悔はしていません。今はそのおかげで幸せです。

31歳男 友人との義理に悩まされたが、正直になって良かった

私は31歳の男性です。
実は以前自分の気持ちに正直になって良かったな~という経験を初めての恋愛でした。

当時私は24歳で彼女いない歴=年齢という、寂しい独身男性でした。
女性と上手く話す事も出来ず、このままでは一生彼女なんて出来ないのではないか?と思い悩んでいた所にラッキーが舞い込みました。
それは友人妹からの告白です。

友人は私と同じ24歳で、仲の良いゲーム仲間でした。
一人暮らししてる友人宅へ週数回ペースで遊びに行く程の仲の良さ。
基本的には私と友人の二人だけなのですが、たまに友人妹が遊びに来て三人でゲームをして遊ぶこともありました。
私は女性慣れしておらず、本来の私であれば友人妹とはいえ女性と会話をするのは難しいものでした。
しかし友人妹は私より8歳も年下だったので、女性ではなく子供にしか感じなかったんですよね。
ですので友人妹とも普通に会話をし、仲良くなれました。

月日が経つにつれ、友人妹も年相応に色気が出てきます。
でも私からすると子供のようなものですし、女性とは感じなかったんですよね。
しかし友人妹からすると私は一人の男性に映っていたようで、私は友人妹から告白されました。
この時凄く悩んだんですよね。

まず私と友人妹との年齢差。
当時私は24歳、友人妹は15歳(早生まれなので一時期的に9歳差となる。)。
あまりにも年齢が離れていますし、世間体も悪い。
24歳のいい大人が15歳の高校一年生と付き合うって、周囲から白い目で見られることは確実です。

そしてもっとも重要なのが、友人の妹であるという点です。
仮に私が友人妹と交際したとしましょう。
友人はどう感じるだろうか?
可愛い妹に彼氏が出来るなんてイヤでしょうし、よりによってその相手が自分の友人となるとどんな気持ちになるやら。
いくら恋愛は自由とはいえ、自分の知らぬ間に妹を寝取られてたってなると複雑ですよね。
友人にそんな想いをさせたくないという義理もあります。
これがキッカケで友人とギクシャク、下手すれば絶交となる可能性もあるでしょう。
それだけでは留まらず、他の友人からも距離を置かれる可能性もある。

これで私が友人妹を嫌いならすんなり断るものの、嫌いではない。
むしろ告白されたことで、友人妹を女性と意識してしまって気になっている。
それに彼女いない歴=年齢の私にとって、これが彼女の出来るラストチャンスかもしれないって考えると本当に悩みました。
結局友人には悪いと思いながら、自分の気持ちに正直になって友人妹と交際を始めたんですけどね。
でもこれが結果的に良かったと思ってます。
というのも、私が心配していたような事は起こりませんでしたから。
お前はロリコンだったか~?と冷やかされはしましたけど、話のネタになる程度で済みました。
それに友人妹と交際することで女性慣れし、女性への苦手意識も改善しましたし。
当時は色々と悩みましたが、結果的には自分に正直になって良かったな~と思います。

42歳主婦 無理しない人づきあい ストレスフリー

結婚して5年の40代主婦です。

結婚後、私は夫の働く地に引っ越しましたが友人がおらす、夫の会社の同期の家族らとの集まりなどに参加させてもらっていました。メンバーの誰かの家に集まったり、みんなでご飯を食べに行ったりして楽しく過ごしていました。そのうち女性グループlineにお誘いがあり定期的に女子会も開催されることになりました。

初めのうちは、友人が少なかった自分にとっては知り合いができたのが嬉しく、有難く参加させてもらっていました。しかし、次第にその関係性が煩わしくなり、お誘いがあっても行く気にならず断りの返事をどう返せばよいかと悩むようになっていったのです。

では、なぜせっかくできた友人や知り合いが煩わしくなったのか?それは、その雰囲気に合わせ過ぎたから。夫の長年の友人である以上仲良くしておかなければという思いが大きかったのでしょう。
でも、考えてみてください。好きな人の友人が自身に合うかというと違いますよね?はっきり言ってその場の雰囲気や友人らの気遣い方法などが私の価値観と違ったのです。
例えば、家に集まってホームパーティをしたとします。料理の準備する人と全く何もせずただ皆とおしゃべりを楽しんで準備しない人。だから、仕切る人がいないと集まってもだらだらと時間が過ぎ、スタートが遅くなり終わりも遅くなります。大人だけならまだしも、小さな子供らがお腹がすいたとわめていてるパターン。

こういった点が、私はイライラが募っていったのです。実際、私は準備している側でしたが、全然食べられず交代してくれる人もいませんでした。なのに、しっかりお金は割り勘。正直非常に頭にきました。夫に話すと、気づかなったしいつもこんな感じという返答でした。それから何度か参加しましたが、違和感を夫に話す度に喧嘩になってしまうようになり、解決策として私は一切行かないという方法をとることにしました。
お誘いがあれば、夫だけ参加しています。

今になり思うことは、無理して時間とお金を使うくらいならいっそ、勇気をもって断った方が後々ストレスを抱えていかずに済むと思います。行きたくないけどどうしようかと迷っていた時と比べ、すっきりして後悔はありません。

気分がもやもやする・気分が乗らない場に行わざわざ行かない。それも、人生楽しく過ごすコツなのではと最近思います。
私のように割り切れない方もいるかと思いますが、同じような事で悩んでいるならば、一旦自分の気持ちに正直になってみると案外答えはすぐ出てきて解決できるかもしれません。

32歳女 振られたくせになぜか相手を励ました結果

私は今30代で結婚して3年目を迎えた主婦です。
主人とは長年付き合って、結婚することになりました。
付き合ったきっかけは私からの告白です。
会社の先輩だった主人は、私のタイプの男性で、すらっとしていていつも誰にでも優しい人でした。
何を聞いても易しく答えてくれ、頼りになるお兄さんのような存在だったのですが、なぜか会社の女性陣からは好かれていないようでした。
どうやら優しすぎて頼りないと思われていたようです。
スラっとしていてかっこいいと私は思っていましたが、どうやら周りの人は細すぎてNGと思っている人もいたようです。
そんな彼にアタックしていましたが、全然関心を持たれていないようでとても悲しい思いをしていました。
もう最後に気持ちだけでもと思い告白をしたのですが、彼からずっと忘れられない人がいると言われ振られてしまいました。
でも、この時、私は彼の話を聞いて、素直に「なんてもったいないんだろう」と思ったのです。
過去の恋愛に気持ちを持っていかれてしまって、新しい恋ができないなんてただただ悲しいと思ってしまいました。
振られてしまったのですが、この話を聞いた私は、正直に彼に自分の思いを話しました。
私自身も昔過去の恋愛を引きずっていて、周りのことが見えない状況にあったことがありました。
周りの人はその人よりも一番になり得ないと思いすぎて、自分から可能性を捨てていたことがあったので、彼にはそうなってほしくないと思い話しました。
自分ではなくても、これからきっとあなたを好きになる人がいっぱいいるのに、自分で可能性を捨ててしまってはいけないという内容だったと思います。
彼はその話をしっかり聞いてくれて、確かにそうだねと納得してくれました。
話し終わった時には振られているのに、なぜだか彼との距離が近づいたような気がして妙に清々しい気持ちでした。
その後、彼とは友達のようななんでも言い合える関係になり、しばらくして彼から告白され付き合うことになりました。
正直に自分の思うことを話した結果、まさか自分に興味を持ってもらえるなんて本当に嬉しかったです。
友達のような関係になったとはいえ、全然彼のことを諦めることができなかったので、私を選んでくれたことが嬉しく感じました。
そして、今では家族になることができて、本当にあの時素直に自分の気持ちを話していて良かったなと思います。

49歳女 友達親子!最高の気分ですよ

自分の気持ちに正直になって良かったと思うのは娘のこと。私はシングルマザー、一人娘と一緒に生活しています。父親の顔も思い出せない時期に離婚して以来二人でなんとか生きてきました。

私は頑固者で意固地な性格です。意地っ張りで一度口に出した言葉は引っ込めたくなく、それが間違っていてもそれでも自分の意見を曲げたくなかったので娘とはしょっちゅう衝突しました。現在社会人になった娘ですが中学時代には悪い仲間と遊ぶようになり、高校進学は出来たものの学校へは友達に会うために行き、授業は出るけどほとんど寝ている状態で将来が心配でした。

父親が居ない寂しさやきつく叱ってくれる人が居なかったことで娘は自由を謳歌していたんですね・・・。当時は私ひとりでは娘をどうすることも出来なくて担任をはじめ学年主任とタッグを組んで娘を見守っていたんです。

本当にいろんな事があって子供ひとりまともに育てることが出来ない自分が情けなかった。いくら母子家庭でももう少し普通の子に育てられるはずだと思ってそれなりに頑張って育てたつもり。中学生だから仕方がないと割り切れない素行の悪さで、その頃から私は自分の気持ちに正直になって娘と向かい合うようになりました。

それまでは自分の気持ちを隠すことがあったんです。学校のやり方に従うのが当たり前とか世間体のことを気にして世間一般のことを娘に押しつけたり。訳も分からず親からも押さえつけられたら子供は反抗しますよね・・・。記憶をさかのぼると私も学生時代相当荒れていて、その原因は学校や親からがんじがらめにされたからでした。

そんなことも忘れて通り一遍のことを娘に押しつけてそれが正しいと言い続けた私。実際は校則だって正しいなんて言えません。世間一般に言われている常識も何が常識で何が非常識か分かりません。根拠もなくものを言うのをやめ娘の目線に立つことで私と娘の関係は改善しました。今は友達親子のような最高の関係です。

29歳男 「一生辞めんど!」というと理解してくれました。 毎日充実

 こんにちは。僕は29歳の男性です。職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕はこの仕事にプライドを持ち、情熱を傾けて日々頑張らせていただいております。

 高校卒業後に自営業(フリーランス)の世界に飛び込みました。ところが、父親は「そんな仕事辞めてしまえ!」「安定した生活をして欲しいのだ」という意見でした。母親は理解してくれておりました。

 そんな父の反対を押しのけるように、自営業(フリーランス)街道を突っ走っておりました。よって父親との仲は犬猿の仲になってしまっていたのです。

 しかしながら、このままではいけないと考えるようになりました。

 そして、5年前のお盆に帰省をしました。僕は「ただいま!」というと、父も母も「おかえり!」とは言ってくれました。

 母親とは会話をするのですが、父親は目も合わせてくれず、テレビを見ているだけでした。

 僕が父親に「話があるんだ。いいか?」というと、父親は「うん。いいよ。そうじゃ2階に行くか」といい、2階に上がりました。

 2階の居間に2人で座りました。僕は近況報告として仕事やら報酬の話をしました。

 父親はうんうんと聞いてくれました。僕は「よってこの仕事はやめたくない」といいました。

 そうすると父親は「何でそんな不安定な仕事やら報酬を好むんだ?俺には到底理解できないよ。」と頑として譲ってくれませんでした。

 次第に2人でヒートアップして、僕は出身が広島県なので、「オヤジ!わかっちゅうくれや!俺は、俺はな!一生辞めんど!」と言いました。
 
 父親はとても納得してくれて、握手をしてくれました。僕は「ど、どうしたの?」というと、父親は「良かった!本当に良かった!^^やっぱり広島男児はこうじゃなきゃいけんわい」と言ってくれました。

 父親は僕を試していたそうです。

 本当に覚悟が決まり、仕事にプライドを持っているならば、広島弁で意見してくると思っていたようです。(笑)

 心情としては、「伝えてみるものだなぁ」と思いました。本当に良かったです。

 後悔している事はありませんし、父親とも仲良しになれたので良かったです。

 最後にアドバイスですが、やはり自分の気持ちに正直になり、最後の最後まで譲らずに気持ちを伝える事が必要だと感じます。

 本当に誠心誠意に伝えれば、相手もきっとわかってくれます。

36歳女 言動が気になる友人と距離をとってスッキリ

36歳、現在子育て中の主婦です。

私には高校時代から仲の良い友人グループがいます。
今では日本中あちこちに行ってしまいましたが、年に一度は帰省などで地元に集合するのでお酒を飲みながら楽しく会話します。
皆20代後半で結婚して、子供が1~3人、子育て話にも花が咲きます。

しかし、数年前から友人の一人の言動が気になるようになりました。

何かと対抗意識を燃やしてくるというか、何に突っかかってきてるの?とびっくりするようなことを言うのです。

私たちは普段はSNSやブログで交流しているのですが、私は昔から写真を撮影したり文章を書くのが好きで、いわゆる映えを意識した投稿をすることもあります。いいねの数も多く頂くのでそこそこ人気もあります。その友人は、おそらく、そういったことが鼻につくのでしょう。

彼女もブログを書いているのですが、私が書いた記事をすぐ真似してきたり、数日前に「〇〇したいな」と書いたことを「〇〇してきました!」とアップしてきたり。

とりあえずすごく意識されているのは感じていました。彼女は学生時代から私を見下したような面があったので、現在も同様にマウントを取りたいのではないか、と思います。しかし仲の良いグループの中で距離を置くのは難しいので数年間モヤモヤを溜めていました。

しかしある日、彼女のブログを見ると子供の教育についてばかにする記述があったのです。内容的に、数日前の私が書いたことについてでした。

私のことはばかにしても我慢出来ますが、さすがに子どもを材料にしてまでマウントを取ろうとするのはおかしいだろう、と真剣に腹が立ちました。

かといって直接反論するのもおかしいので、友人グループには、しばらく集まりには出られないや、と連絡して、グループごと距離を取ることにしました。彼女の悪口を言いふらすみたいで嫌だったので何も言わず。

そしたら、心配した別の友人から個人的に連絡があって、件のブログのことじゃないか、と聞かれました。そこで、迷いましたがずっと抱えていた不快感を言葉にして相談すると、実はその友人も同じように思っていたことが発覚。実はね、ということで、グループ内のメンバーが全員、問題の彼女に不愉快に感じることがあって一度注意していたことが分かりました。でも私が何も言わないので二人の仲では許容出来ることなのかな?と静観していたそうで。

集まりに来なくていいのはあの人だから、とまで…。
そんなことになっていたとは。

ずっと我慢してきたので拍子抜けですが、心が楽になりました。

自分に後ろ暗いことなんてないときは、気持ちに素直になって周りに助けを求めるのもありかもしれませんね。

28歳男 自分に正直になって仕事を辞めてスッキリしました

私は現在28歳の会社員で普段は配送の仕事をしているのですが、今から7年ほど前には土木作業員の仕事をしていました。

当時の私は会社がある新潟県から隣県の富山県に1年間の出張に行っていたのですが、正直に言うと長期出張が凄く嫌で仕方がありませんでした。

それでも1年だけだからとどうにか我慢して仕事を続けて、あと1ヶ月くらいで出張が終わるところまで来ました。

ところがある時に会社に呼び出されたので行ってみると、上司から富山県への出張が終わったら今度は群馬県に3年間の出張だと言われてしまいました。

ようやく長期出張が終わると思っていたら、今度はもっと遠いところに3年も出張に行くことになるというまさかの展開になってしまい、本気で仕事を辞めたいと思うようになりました。

出張もそうですが元から給料の安さに対する不満もありましたし、仕事自体あまり好きでは無かったので辞める方向でほとんど考えはまとまっていたのですが、一方で仕事を辞めて転職活動することには不安もありました。

そこで背中を押してもらうために親に相談をしたのですが、親の反応は予想外のもので、絶対に辞めないほうが良いと反対されてしまいました。

ただ背中を押して欲しかっただけなのにあまりにも反対されるので、だんだんと混乱してきて親が言うなら辞めないほうが良いのかもと思いました。

しかし富山県への出張が終わりに近づくにつれて仕事を辞めたい気持ちが強くなってきて、両親の考えと自分の気持ちのどちらを優先するべきか迷うようになりました。

どうするのが正解なのか分からなくてしばらく悩み続けましたが、結局最後は自分の人生だから何があっても自分で責任を取ろうと思い、最終的には仕事を辞めることに決めました。

その後はなかなか転職活動が上手くいかなくて苦しい時間を過ごすことになりましたが、最後はちゃんと今の職場に転職することができました。

前職と違って今は給料には不満はありませんし、仕事内容も自分に合っていると感じているので、以前よりも状況が良くなったと感じています。

人生の中で自分の気持ちに正直になるべきか迷ってしまうことはありますが、自分の経験を踏まえると個人的には正直に行動するべきだと思います。

自分の気持ちに正直になった結果失敗に繋がることもあると思いますが、何もしなければ後々後悔することになるかもしれません。

そう考えると一度きりの人生ですし自分の気持ちに正直になって、やらずに後悔するよりどんな結果になっても自分の気持ちに正直になる生き方の方が良いと思います。